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名古屋地方裁判所 昭和35年(ワ)1917号 判決

原告 沢田明光

右法定代理人親権者 父 沢田敬三

母 沢田英美子

外二名

右三名訴訟代理人弁護士 蜂須賀憲男

被告 丸八工業株式会社

右代表者代表取締役 蟹井鍬松

右訴訟代理人弁護士 竹下伝吉

山田利輔

主文

被告は、原告沢田明光に対し、金一、二九五〇一九円及び内金一、二八四六五九円に対する昭和三五年一二月七日以降、内金五一一〇円に対する昭和三六年一〇月一一日以降、内金五二五〇円に対する昭和三八年六月二五日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告沢田敬三に対し、金七〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年一二月七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告沢田英美子に対し、金七〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年一二月七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一は原告等の負担とし、その二は被告の負担とする。

この判決は原告等勝訴部分に限り原告沢田明光において金三〇〇、〇〇〇円、原告沢田敬三、同沢田英美子において各金二〇、〇〇〇円を供託するときはそれぞれ仮に執行することが出来る。

事実

≪省略≫

理由

一、被告会社は江南市大字五明字青木添五九番地に工場を有し、従業員約二〇〇名を擁して消火器等を製作しているものであるが、右工場敷地の南西隅にコンデンサー一基及び六〇〇〇ボルトの変圧器数基を設置してこれを所有占有し、工場の動力用に供していたこと、原告敬三と同英美子は夫婦であり同明光(昭和三〇年九月一日生)はその次男であること、原告敬三及び同英美子は昭和三四年一二月三日原告明光を伴つて被告会社の隣地にある江南市大字五明字青木添七七番地訴外岩田代四郎方に引越の手伝のため赴き、原告明光を同敬三の母訴外沢田つうに預けて引越の手伝に忙殺されていたのであるが、原告明光は同日午前一一時頃右沢田つうが小用のため僅かに目を離した隙に前記岩田方住家を抜け出し、同家から約一メートル離れた被告会社工場敷地との境界にある有刺鉄線の下をくぐり抜けて被告会社の敷地内に入り、前記コンデンサーに近付き、同コンデンサー上部の高圧電線引込部碍子(高さ地上から一メートル弱)に左手指頭を接触させて感電し、左上肢壊疽、前頸部、左肢部電撃創、左眼中心性網膜炎、同角膜靡爛の各傷害を受け、そのため左前膊末梢の三分の一(指先から約一四センチメートル)を切断せざるを得なくなり、又前頸部及び左肘関節にケロイドを残すに到つたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、原告等は被告会社の土地の工作物たる変電設備の設置又は保存に瑕疵があつたと主張し被告はこれを争うのでこの点について判断する。

(一)コンデンサー及び変圧器の設置状況

≪証拠省略≫被告は同会社工場の南西隅の地上を厚さ約三センチメートルのコンクリートで略矩形に舗装した上、その南隅にコンデンサー一基を北西部に変圧器五基を設置していた。そしてそのコンデンサー等の引込線の碍子をつり下げるための横木とそれをささえるための柱が四本コンデンサー等を取り囲むように立つていたがそのコンクリート舗装部分の北東側は変電所の壁で遮られ南東側と南西側には簡単な木柵が設置され南東側は約三メートルでプレス工場に、又南西側は型材料置場を経て約一五メートルで型仕上工場に到り、北西側には有刺鉄線が張つてあつて、岩田代四郎及び間宮太兵衛の元私有地(以下元私有地と称す)が右有刺鉄線と隣接しているという状況であつた。

(二)木柵の設置及び保存状況

前記のようにコンデンサー等の南東側と南西側には簡単な木柵が設置されていたのであるが、≪証拠省略≫右木柵は本件事故当時より約三年以前に設置されたが、それは南東側南西側いずれも高さ約一・五メートルの柱が数本立つており、それに約三〇センチメートル間隔で横木が五段打ちつけてあつたものであるがその後傷んだりして補修を加えたこともあつたところ本件事故当時もかなり傷んでおつて横木等ははずれて垂れ下つていたのもあり大人でも容易にくぐつて木柵の中へ入れる状態であつたことが認められる。≪証拠省略≫

(三)有刺鉄線の設置及び保存状況

前記のようにコンデンサー等の北西側には有刺鉄線が設置されていたのであるが、≪証拠省略≫右有刺鉄線はほぼ水平に張られておりそれを北東方向へ辿つていくと前記変電所及びその南東に近接する分電盤室の北東側を通り、更にその北側に近接する岩田代四郎方の物置及びその南東に近接する同人宅の南東側を通り同人宅南端附近に到つており、又南西方向へ辿つていくと前記型材料置場及びその北西に近接する型仕上工場の北東側を通り同工場中央附近に到つていたことが認められる。

また右有刺鉄線は約二メートル間隔に設置された数本の杭にささえられており、その杭の高さは地上より約二メートルであり、有刺鉄線は地上約二〇センチメートルの所に一本、その約四〇センチメートル上に一本、更にその上に約四〇センチメートルずつの間隔をおいて二本、合計四本の有刺鉄線が張りめぐらされており、又その杭は被告会社工場敷地と隣接の元私有地との境界線の殆んど真上の土中に打ち込まれてあり、又コンデンサー等の北西側においてもコンクリート舗装は杭の根元の所までは及んでおらず、コンクリート舗装部分の北西端と杭の根元との間には約一〇センチメートルの間隔があつたことが認められる。

ところで、コンクリート舗装部分北西側の元私有地は畑であつたのを被告会社が買い取りそこを工場敷地にするため整地中であつたが、被告会社はその整地のため土の欲しい者に自由に前記畑の土を取らせておつたところ、本件事故当時コンクリート舗装部分のすぐ北西側にあつてはその土取りは既に完了しており、その結果元私有地はコンクリート舗装部分より約六〇センチメートル低くなつていたこと、前記土取りは杭から約一〇センチメートル北西のところで止めてあつたが、日数を経るにつれ雨のため等により土が崩れてしまい本件事故当時には殊にコンデンサーのすぐ北西の所の杭と杭との間では、相当の間隔に垂つて、杭よりも中(南東)の方にまで多少めり込んだようになつており、有刺鉄線より垣線を下すと右土崩れによつて生じた土の斜面の中央よりも少し下(北西)に達するような状態になつていたことが認められる。この事実と、前記のコンクリート舗装部分の北西端と杭の根元との間隔が約一〇センチメートルであつた事実、土取りは杭から約一〇センチメートル北西の所で止めてあつた事実及び元私有地はコンクリート舗装部分より約六〇センチメートル低くなつていた事実とを総合して判断すると、コンデンサーのすぐ北西の所の杭と杭との間では、相当の間隔に亘つて土が削りとられて、杭の埋つていた土の地表より垂直に測つて数センチメートルは低くなつていたことになり、その結果有刺鉄線の最下線(以下最下線と称す)より垂直に測つた土との間隔は右部分においては少くとも二〇センチメートル余はあつたことが認められる。

その上、右有刺鉄線は、本件事故当時全体に大分さびたり朽ちたりしていたのみならず、ゆるんで多少垂んでいて触れるとぶらぶらする状態であつたが、殊にコンデンサーのすぐ西北側の最下線は、一本の杭からはずれその杭と北東隣の杭との間一区間(前記のようにその距離は約二メートル)においては垂れさがり、その先端は北西の方向に曲つて地面を這つておる状態であつたことが認められる。≪証拠の認否省略≫

前記認定のように最下線とそのすぐ上の線(下から二本目の線)との間隔は約四〇センチメートルあつたところ、本件事故当時にはコンデンサーのすぐ北西側の杭と杭との間では、相当の間隔に亘つて、最下線と垂直に測つた土との間隔は少くとも二〇センチメートル余あり、その上前記認定のように最下線ははずれていたのであつて下から二本目の線の多少の垂れ下がりを差し引くと結局下から二本目の線と土との垂直に測つた間隔は六〇センチメートル余あつたことが認められ、大人でも容易にその間をくぐりぬけて被告会社工場敷地内に入ることが出来る状態であつたことが認められる。

(四)  前記認定より、コンクリート舗装部分、その上に載つているコンデンサー等、その引き込み線碍子を吊り下げるための横木及び支柱並びにこれ等を取り囲む簡単な木柵及び有刺鉄線(杭を含む)はこれを一体として土地の工作物と言うべきところ、前記のように、被告会社は六〇〇〇ボルトの変圧器五基及びコンデンサー一基を占有し所有しながら、右コンデンサー等を元来平地上に僅か約三センチメートルの厚さのコンクリート舗装を施した上に設置していたに過ぎず、コンデンサー等とその北西側の元私有地とを遮ぎるものとしては有刺鉄線を設置したのみであり、しかもその有刺鉄線も本件事故当日コンデンサー等のすぐ北西側においては不完全な状態にあり、遮蔽隔壁としての目的を充分果していないままに放置していたものである。とすれば本件事故当時右土地の工作物(以下本件土地工作物と称す)の設置又は保存には瑕疵があつたものというべきである。

三、前記のように、原告明光は、コンデンサー等の北西側の元私有地より被告会社工場敷地との境界にあつた有刺鉄線の下をくぐりぬけて同工場の敷地内に入り、コンデンサーに近づき同コンデンサー上部の高圧電線引き込み部碍子に左手指頭を接触させて感電し本件事故となつたものであるが、前記認定のとおり、本件事故当時にはコンデンサーのすぐ北西側の杭と杭との間では相当の間隔に亘つて、現存した有刺鉄線と土との垂直に測つた間隔は六〇センチメートル余有り大人でも容易にその間をくぐりぬけて被告会社工場敷地内に入ることが出来る状態であつたこと、同箇所の土の傾斜面に原告明光の運動靴の両足のすべつた跡がついていたこと、他の箇所の有刺鉄線は大分さびたり朽ちたり又ゆるんで垂るみ、触わればぶらぶらする状態ではあつたが切断乃至はずれてはいなかつたこと、原告明光は南西側の木柵とコンデンサーとの間に本件事故直後倒れていたこと及び同人は四年二月の子供であつたこと等の事実によれば、原告明光はコンデンサーのすぐ北西側の有刺鉄線がはずれていた箇所より、その鉄線の下をくぐりぬけて被告会社工場敷地内に侵入し、他に何ら遮ぎるもののないままコンデンサーに近づき、同コンデンサー上部の高圧電線引き込み部碍子に左手指頭を接触させて感電したことが認められる。

右事実と前記二で認定した事実とを総合判断する時は、本件事故は本件土地工作物の設置又は保存の瑕疵にその原因があるものと言うべきである。

そして前記のように原告明光は、感電による本件事故により本件傷害を受け、本件障害を被り、又身体の一部にケロイドを残すに到つた(以下このケロイドの点を含めて本件障害等と称す)のであるから、本件傷害及び本件障害等により生じた損害は、本件事故にその原因があるものと云うべきである。

とすれば、本件傷害及び本件障害等により生じた損害は、本件土地工作物の設置又は保存の瑕疵にその原因があるものと云うべきである。

であるならば、被告会社は本件土地工作物の占有者及び所有者として民法第七一七条によつて損害賠償の責めに任ずべきものである。

四、次に原告等が被つた損害額について判断する。≪省略≫

五、被告は、本件事故の発生については、原告明光を保護すべき親権者たる原告敬三及び同英美子は原告明光を本件事故当時保護監督していなかつたから原告等の側に過失があつたと抗弁するのでこの点について判断する。

本件事故の被害者たる原告明光がその当時満四才二月であつたこと、同明光には両親の原告敬三及び同英美子が付き添つて監督してはおらず同敬三の母親である訴外沢田つうに原告明光を預けていたこと、及び原告明光は右訴外沢田つうが用便のため僅かに目を離した隙に本件事故に会つたことはいずれも当事者間に争いがないところ、これに前記認定の現場の状況及び原告敬三本人尋問の結果(第一回)により認められるところの原告明光と訴外沢田つうが遊んでいた物置の南の角と変圧器の角との距離は僅か二、三メートルであり、また右物置と有刺鉄線との間は空地になつており遮ぎるものもなかつた状況を合わせ考えれば、原告明光が右の年令でコンデンサー等に触れることの危険を自ら判断し且つそれに従つて行動することを期待することは到底無理であり、親権者たる者はその監護義務者として原告明光を事故発生のおそれのない場所で遊ばせるべきであり、又やむを得ず危険な場所で遊ばせる場合には同人に同行してその行動を監視するなり、危険性について充分な注意を与えるなりして事故発生を防止すべき注意義務があり、又自らその任にあたれない場合には適当な者に代行を依頼することも許されるがその場合には代行者の選任監督について注意義務があるものと解される。ところで証人沢田つうの証言及び原告敬三本人尋問の結果(第一回)によれば、原告敬三は本件事故現場にコンデンサー等の危険物の存在することを知つていて気にしていながらそのことを監護代行者たる訴外沢田つうに告げて注意をうながすことを怠つていたことが認められ、右の事実によれば原告敬三は親権者としての監護義務を充分果さなかつたものというべく同人には看過し得ない過失があつたものと言わざるを得ない。とすれば、本件事故発生については、原告等の側にも看過し得ない過失があつたものと言わざるを得ない。

そこで原告等の右過失の程度を参酌するときは、原告等の請求出来る損害賠償額の算定についてはその額を前記認定の損害額の七割に減ずるのが妥当である。とすれば原告明光が被告に対し請求出来る損害賠償額は、(イ)医療費として金四四七円、(ロ)義手代として一本目及び三本目の分が各五、二五〇円、二本目の分が金五、一一〇円、四本目以下の分が金一八、九二六円、合計金三四、五七二円、(ハ)得べかりし利益として金一、〇五〇、〇〇〇円、(ニ)慰藉料として二一〇、〇〇〇円、原告敬三及び同英美子が被告に対し請求出来る損害賠償額は慰藉料として各金七〇、〇〇〇円となる。(円未満は全て切捨て)

六、よつて、原告等の本訴請求は、原告明光について、(イ)医療費として金四四七円、(ロ)義手代として金三四、五七二円、(ハ)得べかりし利益の内金として金一、〇五〇、〇〇〇円及び(ニ)慰藉料として金二一〇、〇〇〇円の合計金一、二九五、〇一九円と、(イ)医療費金四四七円に対する訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和三五年一二月七日から、(ロ)義手代のうち本件最終口頭弁論期日前に既に支払つた一本目の分の金五、二五〇円に対する前同昭和三五年一二月七日から、同二本目の分の金五、一一〇円に対する右損害発生の翌日である同三六年一〇月一一日から、同三本目の分の金五、二五〇円に対する右損害発生の翌日である昭和三八年六月二五日から、又本件最終口頭弁論期日後に本来支払わるべき四本目以下の分の金一八、九六二円に対する訴状送達の翌日たる昭和三五年一二月七日から、(ハ)同じく得べかりし利益の内金一、〇五〇、〇〇〇円に対する前同昭和三五年一二月七日から及び慰藉料金二一〇、〇〇〇円に対する前同昭和三五年一二月七日から、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において、又原告敬三及び同英美子について、慰藉料として各金七〇、〇〇〇円とこれに対する前同昭和三五年一二月七日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める範囲において、それぞれ正当であるからそれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民訴法第八九条第九二条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 小津茂郎 古川正孝)

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